根源的な本能メソッド (“なめこ栽培キット” と “∞プチプチ”)

この1週間ほど、iPhoneの個人的なアプリ体験として、ちょっとおもしろい発見があったので、少し書いてみたいと思います。
具体的には「おさわり探偵なめこ栽培キット」というアプリでの体験です。
ああ、あれか、と思われる方は多いでしょう。
とても人気なようですし、かわいく、単純ながらも妙にハマる面白さがあります。
が何より興味を覚えたのは、こういったゲームアプリは大抵一回立ち上げ、ぼんやり概要が掴めたら終わり、というケースが常だった自分が、初めて一週間以上継続して、一日に何度も立ち上げることになったアプリだったという事です。
「あれ、また起動してるよ、自分」という感覚に、新鮮さをとても感じたわけです。
さらには、様々な企業のプロモーション施策で、それこそこのブログのなかでも過去取り上げた事があるような、素晴らしいiPhone (またはiPad) アプリも数多くリリースされています。
あるいは、非常にコンセプトの優れたアーティスティックなアプリ群も多く発表されています。
が、正直にここで書いてしまうと、実は個人的な生活シーンにおいては、ほぼと言っていいほどそのようなアプリは継続的に使っていなかったりしました。
一度起動して、着眼点や技術含め、素晴らしいと感じながらも、実はそれで終わってしまっている、という。
さらに真相を突き詰めると、そもそも継続して自分が使用しているアプリというのは、結局のところ
天気予報だったり、マップだったり、飲食検索だったり、Twitterクライアントだったり、という
「超ユーティリティツール」のみ、というのが実情だったりしていた訳なのです。
が、そういう「超実用的なツール群」のなかに、一週間以上この「なめこ栽培キット」が主役級の扱いで居た訳なんですね。
で、これは面白い、と。
その理由含めて。
ちなみに、その「なめこ栽培キット」を使い続けていた理由というのは、自分の場合、本当にシンプルで、
「あの、一気になめこを収穫したときの『ブニブニブニ〜〜〜ン、ピヨーン』が、妙に気持ちいい。むしろ癒しにすらなっている。」
という、ただそれだけの話でした。
もう少し正確に言うと、
「収穫の時の、なめこが抜かれる音と、なめこの形状の変化によるフィードバックが、妙に気持ちいい」
という「音と形状のフィードバックの気持ちよさ」に、理由なくハマっていたわけなのです。
なので、仕事中であろうが、外であろうが、必ず音を出してプレイしてました。
もう周囲そっちのけでw
さて、前置きが長くなりましたが、このアプリをプレイしていて思ったのは、
これは「プチプチ」だ、ということです。
理屈ぬきに、ただ気持ちいいというだけ。
でも、ついやらざるをえなくなる。あがらうことが難しい。
これは「人間が持っている、根源的な気持ちよさへの本能」を突いたゲームなんだろう、と。
そして、3000万台を超える大ヒットとなった「∞(むげん)プチプチ」についても、ここで思い出しました。
「プチプチすること」には、人種も性別も、そして年齢も問わない、本能的なあがらえない気持ちよさがあります。
話によれば、
「赤ん坊にプチプチを渡すと、生まれて初めて見るのにつぶそうとする」
そして、
「一歳半以上の子どもならつぶせてハマる」
のだそうです。
この、「この子どもが自然にやってしまうこと」への観察から、人間の本能を見いだし、刺激するという事。
その面白さだったり可能性だったりを、このゲームから垣間みたような気がします。
これはインターフェース全般についても、もちろん広げる事ができる話です。
もちろん「なめこ栽培キット」には、他にもユニークな点は多くあります。
例えば、
DS「おさわり探偵 小沢里奈」のスピンオフ・プロモーションという展開方法だったり、
ストレートなかわいさでない、微妙なかわいさに設定されたキャラクター開発であったり、
時間経過への概念を「経過後」でなく「経過中」にも適用している柔軟さであったり、と
面白い点は多くあります。
が、やはり
「人間が持つ根源的な気持ちよさへの刺激」が垣間見える点に、圧倒的な面白さを感じました。
たとえ、めんどくさがりの自分であっても、根源的な気持ちよさを刺激するフィードバックを与えれば、ここまで執着させる力が発揮されるんだ、という点が、身を以て証明された、という点に。

いつもブログ拝見させていただいております。
私もなめこにはハマった口でして。(さらに嫁も)
ハマル理由として、やはり「行為自体が気持ちいい」そして、「行為自体がモチベーションの源泉」になり得るのだなあと、しみじみ思いながら今日も収穫しています。
また、レアきのこを発見していって、図鑑をコンプさせていくなど他の仕掛けも「うっとうしくない」程度に設計されていますね。
モチベーションを維持するための仕組みが、「適度」なところが肝ですよね。
関与度の低いプレイヤー目線が、一貫して維持されている事って、なかなか出来ない事だよなあ、と思います。