すげかえる問題設定の発想 (「ハンバーガーを待つ3分間の値段」斉藤由多加)

「ハンバーガーを待つ3分間の値段」斉藤由多加著
ゲーム「シーマン」や「THE TOWER」を開発したゲームクリエイター、斎藤由多加氏の(広義な意味での)インターフェースに関する様々な発想が記された、この著書。
今更ながらではありますが最近読んで、とかくその内容が凄かったので少々紹介を。
この中で、その発想の凄みが際立つ「シーマン」という育成ゲーム開発に関するエピソードについて。
「シーマン」とは、人の顔をした超シュールな魚、シーマンを、毎日会話をしながら育成していく、音声認識を利用したシミュレーションゲームです。
このゲームは、相手が言うであろう言葉を事前想定し、登録しておく事で、音声を認識したら対応した回答をシーマンが答える仕組みとなっています。
そして、もし相手の音声が聞き取りにくく、言葉として認識できないときには、
「えっ?今なんて言った?」
「よく分からないぞ、もう一回言ってみて」
などと、認識できるまで聞き直すように作られております。
このような仕組みは、システムとしては至極全うな発想なはずなのですが、
開発時のプロトタイプでユーザの反応をテストした際、ある深刻な問題が発見されました。
つまり、
「人がリアルに語りかける言葉は、あまりにも予測できない為、ほとんどが認識できない言葉となってしまった」
というものです。
結果、シーマンは、
「えっ?今なんて言った?」
を繰り返す回答ばかりで、ユーザ側にとってストレスを与えるばかりとなってしまった、
という問題が発生してしまうのです。
この
「想定する言葉を登録しすぎる事には、限界がありすぎる」という制約。
そして
「家庭用ゲーム機では、対話用AIプログラムや音声認識技術を高度化させるにも、限界がある」という制約。
これらは開発中止へも直結するほどインパクトの強い、致命的な課題だと思われます。
このような課題が露呈した場合、果たしてどのような対応を行うべきなのか?
ここで採られた逆転の発想、ユーザへの行動変容への発想が、とかく凄いです。
つまり、
「音声が認識できない理由を、ゲーム側でなく、ユーザ側の問題へとすげかえてしまう」
という発想です。
具体的には、認識できない言葉ばかりが続いた場合には、シーマンに怒らせるという強気な判断を採るのです。
「おまえの言葉、何回聞いてもわかんねえよ!つまんないから帰るわ。バイバイ!」と
不愉快そうに言い放ち、水槽の奥の方に去らせてしまうんですね。
が、それによって、ユーザの反応はそれまでとは大きく変わる事になります。
「・・・ごめんね、シーマン」
「おーい、お話をしようよ」
と、まるで赤子をあやすかのように、わかりやすい言葉をゆっくりと話すようになったのです。
そして、わかりやすい言葉になって認識されれば、
「わかりゃいいんだよ、俺だって好きでおまえに飼われているんじゃないんだからな、しっかり話してくれよ・・・」
としぶしぶシーマンは戻ってきてくれる、という立場が逆転したゲームへと転換されたのです。
ここでの最大のポイントは、
「どうしたら、音声認識の精度が上げられるか?」という “技術的な制約視点への問題設定” ではなく、
「どうしたら、ユーザ側にこちらの意図する言葉どおりにしゃべってもらえるか?」という “ユーザ側の行動視点への問題設定” へとシフトさせた点でしょう。
その結果して、ゲーム側を賢くさせるのではなく、人間側に学習をさせるよう行動をしむける仕組みに着目する。
ここでは「気難しくて、口の悪いペット」というキャラクター設定を強める事で、ユーザ側の行動を誘導する解決法が導かれているのだと思います。
この、特に技術的制約がある場合における、「ずらす」問題設定の発想。
人の心理や行動を、「仕組み」を作ることで誘導し、変容させる発想。
より広義なデザイン、より広義なインターフェースへと、視界を大きく広げる事になる、お手本が凝縮された逸話だと思います。
もう約5年ほど前の本ではありますが、本当おすすめです。
もし読まれていない方には是非に!と思います。

Add your comment