驚くべき学びの世界へ (驚くべき学びの世界展)

子どもたちの、普段の生活の中では気にも留められていなかった「100の言葉」。
それをアートによって復権する、という学びの旅と実践。
それが、世界最高水準の教育実践として注目を集めている、北イタリアの「レッジョ・アプローチ」を紹介する、現在ワタリウム美術館で行われている「驚くべき学びの世界展」です。
たとえば、ローリス・マグッツィ国際センターを探検し、その柱をデザインするプロジェクトで子どもたちはこんなことを言います。

場所っていうのは「世界のすべての場所」のこと。(ダリオ 4歳)
未来も聴けるよ。目を閉じて、心を開けばね。(マリア 5歳)
これは、大人が描いた詩ではなく、ごく普通の子どもたちの言葉です。
ドキッとしませんか?
その開かれた心に。その目線に。
また、異なるプロジェクトでは、窓の影が落とされた場所にアイデンティティを与える行為を子どもたちはしていきます。

窓の似顔絵を描くの。この模様は、飛ぶために羽を動かしているちょうちょうみたい、(マティルデ)
あるいは、いろいろな靴がステップで異なる音を奏でることに気がついた子どもたちによる「音の記述」のプロジェクト。

絵の中で「音」を見たとき、
耳には聴こえなくても心には聴こえるの。(アリーチェ)
音の解釈が本来もっている自由さ。個人的さ。無限さ。
音の新しい聴き方に大人には見えても、子どもたちの目線にとってはごく当たり前な、気づきの感動があります。
時には音をつくる、音の彫刻をつくるプロジェクトでも。

モノの音を聴くだけではなくて、その音を見なきゃいけない。
音はモノの音なんだ。(アレックス)
「子どもの可能性を追求する」という、まさにこの使い古された陳腐な言葉。
が、この言葉こそ、子どもたちに対して最も行われていなかった、あるいはそもそも耳を傾けられてすらいなかった事実も詰まっている、と言えるのではないでしょうか。
「なあに、単なる子どもの夢ごとだよ」
自分が子どもの頃、そんな言葉で片付けられたことはなかっただろうか?あるいは、大人になってそんな言葉で片付けている事はないだろうか?今まさにこの瞬間ですら。
予定調和でない答えに向け、観察し、耳を傾け、運動を与え、文脈を作り、それを記録する。
学ぶことは、旅なんだ、という事に子どもたちから、私たちは気づきを与えられます。それも感動的なほどに。
まさに驚きの体験でした。
これは素晴らしい企画展です。
是非、体感されることをおすすめします。
「驚くべき学びの世界展」ワタリウム美術館にて
2011年04月23日 ~ 2011年07月31日

Add your comment