テロリストたちに拉致された交渉の場で何を聞くか? (“世界で生きる力” マーク・ガーソン)

日曜日, 2月 13th, 2011. Filed under: Book

コミュニケーションに対する過度な期待への誤解として、本日読んだ本から印象的だったストーリーの一部を。

その導入はこういったものでした。

イスラム過激派の犯人グループに対し、国連事務総長から人質解放の交渉を要請された国連外交官ジャンドメニコ・ピッコ氏。
テロリストたちの潜伏場所へと、目隠しをされた状態で武装した拉致班二人組に連れられた先で対面したのは、がっしりとした体格でスキーマスクをかぶった、アラブ人男性のリーダー。

話はここから始まります。

しばらく沈黙が続いた後、ジャンドメニコ・ピッコは口を開いた。

「あなたは私のことを多少なりとも知っているかもしれないが、私はあなたのことを何も知らない」
「何が知りたい?」マスク姿のリーダーが尋ねる。

ピッコは再び口を開く前に、しばしためらった。自分の選ぶ言葉が人質の運命を。
そしておそらくは彼自身の運命をも。左右することはわかっていた。


一旦、このような状況を、もし自分が同じ立場だったら、と想像してみて欲しいと思います。
人質解放を命じられた自分の立場、周辺に囲まれたテロリスト達、自分自身の無防備な状況、恐怖感、焦り。

その上でショックを受けたのは、ここから先のくだりでした。

ピッコが直面していた難題は、単なる「コミュニケーション」の問題ではなかった。
コミュニケーションを取るだけならば比較的易しい。

ピッコに、そしてすべてのグローバル・シティズンに突きつけられた究極の課題は、ただコミュニケーションを取るだけではなく、連帯することだ。

本能的に、ピッコは共通点を探すところから始めた。

「子どもはいるのか?」と聞いてみる。
「ああ」男が答えた。
「私にもいる」。ピッコは言った。「では、あなたがこういうことをしているのは、子どもたちによりよい世界を残したいからなのか?」
「当然だ」
「なるほど。私もそうなんだ。ということは、私たちはどちらも父親で、子どもたちによりよい世界を残したいと思っているということになる」
「あんたはいったいどこから来たんだ?」強い好奇心を示し、男は聞いた。


コミュニケーションではなく「連帯」。それが互いの溝へ橋を掛け、関係を創るものとなる。
互いの立場上の話を起点とするのでなく、二人に共通するアイデンティティをまず見つけ、そこに橋を架けていく(=連帯する)事に終始する。

当たり前なようでいて、その大局的なモノの見方自体を見失っていた事(コミュニケーションに対する誤解)に、少なからず自分はショックを受けました。

紹介したストーリーは「世界で生きる力」マーク ガーゾン (著) という書籍からの一部です。

書籍では、我々は一つの地球に住むグローバル・シティズンである、という前提のもと、その視座を得ていくために必要な切り口を、このような様々な逸話と共に紹介されています。

気づきが得られる事が良い本、という定義ならば、この本は読むべき一冊ではないかと思います。

「世界で生きる力――自分を本当にグローバル化する4つのステップ」マーク ガーゾン (著)

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