ストーリーが、価値の起源となる (ココ・シャネル)
日曜日, 6月 28th, 2009. Filed under: Book
「ひとりの女、一つの名、一つの伝説」
「彼女たちが私の真似をしたのは、私が素敵に見えたからよ。
もし時代の中で何か流行ったものがあったとしたら、それはショートカットじゃないわ。
流行したもの、それは私よ。」
シャネルは、徹底的に女性の身体を活動的にし、虚飾の衣装から解放した。
「シャネルという名のフォード」つまりは、
マスマーケットを相手にした、ラグジュアリー・ブランドの誕生を表すのだが、
一方で、こうも評している。
「私にとって、贅沢というのは、しっかりして五年も着られるような
仕立ての良い服をもつことよ。古い服、使い込まれた物、それが私の夢。
アメリカでは何でも捨てる。しっかりしたものなど何一つない。
洗濯しないし、洗濯にだしもしない。
いちどクリーニングにだしてみたら、ボタンが一つしか残っていなかった。
まさにアメリカ、贅沢の反対。チープ。ぞっとするわ」
この文脈は、「当時の」「ファッション領域だけ」に当てはまる話ではなく、
「あらゆる業種」へ、「今も、というより今だからこそ」変換がより浮き彫りとなる。
・「モード、それは私よ」のシャネル型・ストーリー。
なのか、
・「伝統と職人生産=ハンドメイド」のエルメス型・ストーリー。
なのか。
いずれにせよ、「ストーリー」が、ブランド価値の起源であるという再認識。
シャネルのような突出した例を見ると、絞るべき議論は逆にクリアになってきます。
参考:「ブランドの条件」山田 登世子

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